石本果樹園 石本 慶紀|みえ次世代ファーマーズ miel(ミエル)

石本果樹園

2014年1月14日登録

三重県のほぼ最南端に位置する紀宝町。集合場所となったうみがめ公園に着いてほどなく、施設から一人の男性が現れ会釈した。農家のイメージとかけ離れた人物の登場に、石本果樹園の石本さんだと気付くまでに時間がかかった。

全国から届いた、あたたかい心

石本果樹園 石本 慶紀

石本果樹園は紀宝町で3代続く果樹園だ。家族とパート従業員、繁忙期には季節従業員を迎えてアットホームな雰囲気で日々みかんづくりをしている。石本慶紀さんは、祖父の代から続く果樹園を着実に守りつつ、新しい手法を積極的に取り入れながら事業を行っている。

彼が家業を継ごうと決めたのは、心温まるある出来事がきっかけだった。「中学生の頃にうちの果樹園が台風の被害に遭い、心配してくださったお客さんから励ましの手紙とパンが届いたことがありました。そのとき、“うちはたくさんの方に気にかけてもらえる仕事をやっているんだ”と実感しました。お世話になっている店がもし災害に遭ったとき、僕も同じことができるだろうかと考え、農業やものづくりをやっていきたいと思ったんです」。

石本さんは地元の高校を卒業後、三重県農業大学校果樹専攻に進み、2年間果樹の知識、栽培技術を学んだ。そして国の施設である大分県常緑果樹試験所で1年間学んだ後、地元に戻り農業を始めた。

家族代々、みかんひとすじ

段々畑

この地域は古くより木材の集散地として製材・製紙業が発達してきた。新宮港は外国貿易港としても最大級の規模を有していたといわれ、人とモノが集まる物流の中心地として町はとても栄えていた。「この土地で祖父がみかんの栽培を始め、祖母がリヤカーにみかんを積んで新宮駅で売り始めたのが始まりで、僕が3代目になります」。

石本さんの案内で果樹園のなかに入ってゆき、大きなビニールハウスの前に到着した。

「ハウスの中は23度に保たれています。普段は石油ストーブで暖めているんですけど、原油が高騰しているのでエアコンも使って温めています」。ハイブリッド暖房機と呼ばれるこの装置は、石本果樹園が三重県下で最初に導入したものだ。

ハウスの横を過ぎ、少し傾斜のついた細い道を登っていくと段々畑が現れた。石本さんが空に向けて手をかざし、説明する。「海から昇ってきた太陽が段々畑の上を通って、山に向かって沈んでいきます。段々畑にすることで、どのみかんの木にも平均的に光が当たるようになっています」。降った雨は、段々畑を階段のようにつたい下りてゆく。水はけの良さと陽当たりの良さはみかんの生育にとって大切な要素となる。段々畑はそのどちらにも適しているが、農業用機械が畑に入らないため、手入れや作業に手間がかかる。そこで今は、浅い傾斜がついた場所にみかんの木を植えて、日当たり水はけの良さと作業の効率性を両立させている。

段々畑の下は石積みになっていた。「あの石が朝から夕方まで太陽に暖められて、気温の下がる夕方以降はホッカイロの代わりになるんです。“だから、石段のある段々畑のみかんはいいんだよ”と祖父がよく言っていました」。

石本果樹園では、およそ40種類のみかんをつくっている。少量・多品目生産がこの果樹園の方針であり、売りでもある。石本さんが少し離れたみかんの木を指さした。「あそこでは“甘夏”などの昔からある皮が厚くて手で剥けないみかんをつくっています。お金にはあまりならないんですが、お客さんが“石本さんのところだったら、きっとあるだろう”と電話をかけてくるので、“ありますよ”って答えたくてつくっています」。

みかんも、人の生き方も

畑の周囲

青々と茂るみかんの木の合間を進んでいく。石本果樹園の農地面積は4.5ヘクタールほど。みかんの木に囲まれて過ごすうち、風と匂いに敏感になり、自分も自然の一部となった気がしてきた。

石本果樹園では全体の8割を“収穫のための木”、2割を“未来を担う木”として育てている。「あれが元気なみかんがたくさんなる木の大きさです。だいたい30歳くらいかな」。植えて5年目くらいまではまだまだ生育段階。40年を過ぎると結実数が落ち始める。葉っぱの色が悪い木は疲れている木。石本さんの話を聞いていると、みかんの木にも盛衰があり、なんとなく人の一生に重ねてしまう。「僕らが他の園地に行ったときに見るのは、若者(若木)がどれだけいるかってこと。どんなに素晴らしい経営理論があったとしても、若木の少ない園地であれば、本当に生産に力を入れているのかどうかわからないですね」。

緩やかな坂道を下り、畑の周囲に網が張り巡らされている場所に出た。おいしいみかんが食べたいのは人間だけではない。イノシシ、サル、ハクビシンといった獣による食害をこの電流を通した網で防いでいる。

周りを見渡すと、網が張られている畑とそうでない畑がある。高単価なみかんは設備投資をして守るけれど、安価なみかんの畑にはお金をかけないのだと石本さんが教えてくれた。「だから、うちにインターンシップで来た大学生に言うんですよ。“君達に能力があれば会社は守ってくれるけど、なければ放っておかれるよ”って」。

りんご、かき、みかんなどの木では、一年おきに豊作と不作を繰り返す“隔年結果”という現象が起こる。木は実をたくさんつけると、翌年は休んでしまうのだ。そのため一般的には、果実を成長する前に間引いて負担を軽くする“摘果”を行うが、石本果樹園では行わない。「うちはみかん園が広いので、それぞれ勝手に実をならせて勝手に休ませるようにしています。まんなりになったみかんは、皮が薄くておいしいんです。果樹園にとっては、実のなる木も成長のために休んでいる木もどちらも大事なので、“良いことばかりでもだめだし、悪いことが続いているからだめなわけでもないよ”ということを学生に話します。意外とそういう言葉を持って帰ってくれるんですよ。」

若手を育てて、巣立たせたい

みかん畑

現在、36歳の石本さんは若手ながら農業歴12~3年のキャリアを持ち、3人の子の父でもある。紀宝町には若手農家と呼ばれるみかん農業従事者が110人いて、そのうち40歳以下の農家は現在8人だという。「日本全体での若手農家の割合が7%と言われています。つまり、紀宝町の状況が日本全体で起こっている状況とそのまま同じなんですよ。国の問題を考えるときは東京や人の多いところを中心に考えがちですけど、農業においては地方の成功事例をもって全体の問題を考えるべきじゃないかというのが僕の考えです」。

石本果樹園では、大学生のインターンシップを受け入れるなど、若者の育成にも力を注いでいる。学生が農業に魅力を感じて就農するというパターンはまだないが、自分が何をやりたいかわからず悩み、“自分探し”にやってくる若者に彼は農業を通じて示唆を与える。頼れる兄のような存在の石本さんから発せられる言葉だからこそ、彼らの心にまっすぐ届くのだろう。

一方、未来の農業者を目指して、ここに勉強に来る若者も少なくない。この10年で紀宝町では2人の若者が新規就農を実現した。たった2人と感じるかもしれないが、若手農業者8人のうちの2人だとすれば、これはかなり高い数字だといえる。しかし、石本さんは自問する。「新規就農者が増えた陰には、就農にチャレンジしたけれど折り合いがつかずに断念してしまった人もいます。そういう人達を減らしていきたい。そのためには農業法人のようなかたちを作り、きちんと雇用契約をして、彼らが独立できるまで育てないといけないと思っています」。地域のみかん生産者が減っていけば手入れができない山が増えてゆき、畑が荒れ、獣害が深刻化する未来が待っている。「自分達は自分達の未来を良くするために動いている」。その言葉の意味は、ただの郷土愛とは違ってずしりと重いものだ。

新潟から石本果樹園に1カ月の就農体験に来た女性がいる。彼女は将来、直売所を経営したいという夢を持ってやってきた。現在は新潟に戻り、就農のための資金を貯めながら週末は農業をしているという。「彼女は今、イチゴとトマトの栽培をやりたいといって地元で頑張っています。こういう目的意識のある人が増えてほしいし、農業で自立・独立したい人達に集まってきてほしいですね。巣立っていく人をたくさん作りたいなあ」。

話を聞きながら歩き、小高く開けた場所に到着。みかん畑のはるか先に太平洋が見えた。

小さなありがとうをたくさん集めていこう

年間カレンダー 直売みかん

農園を後にして、国道沿いの直売所へ移動する。「食べてみて」と石本さんから渡された小ぶりのみかんの皮をむき、口に運ぶとお菓子のようにとても甘い味がした。「甘いでしょ。小さいので今まで農家ではB級品扱いされていたんですが、“飴玉みかん”という名前を付けて販売したら大人気になりました」。

石本果樹園で自家生産したみかんは、ほぼすべて直売というかたちで販売されている。この直売所とインターネットによる販売が中心で、祖父や父の代からのなじみの客や何度も注文してくれるリピーターが多い。3代目の石本さんは、ホームページやブログ、ツイッターといった新しいツールを活用して日々のできごとやお知らせを伝え、生産者の顔が見える情報発信に力を入れている。その甲斐あって、石本果樹園はインターネット検索でも上位にランクし、1日1000件前後のアクセスがあるという。

年中みかんを販売している石本果樹園では、旬のみかんを詰め合わせて送る“石本果樹園おすすめセット”が目玉商品だ。客から届く注文のFAXに添えられた“おいしかった”の一言が石本さん達の励みになっている。「僕は映画監督や音楽家ではないから、多くの人に感動を届けることはできない。だけど、ひとりひとりのお客さんの小さな“おいしい”や“ありがとう”の声をたくさん集めていけるかなと思っています」。

子ども達がかっこいいと思える農業を

子供たち

畑を広げず、規模をコンパクトにして事業を行うのが石本さんの方針である。売れ残りのみかんが出ないように生産調整をしたという。「“売り切れ御免”も宣伝のひとつですよ」と石本さんは笑う。家族経営でのんびりとお日様に当たりながらみかんをつくっていくというのが、彼の考える石本果樹園の姿だ。「テレビで取り上げられたりしたおかげで、うちは新しいことにどんどんチャレンジする農家だと思われているかもしれませんが、実際は祖父の頃からやってきた段々畑や、今はあまり使わなくなった鳥を防ぐ方法だったり、昔からの技術をずっと守っていくことを大事にしているんです」。

子ども達にとってかっこいい生産者であることが石本さんの願いであり、課題である。「僕らの時代は、農業は儲からなくてあまり格好よくないイメージがあった。でも、今の子供達には“かっこいい農業”という選択肢があってもいいじゃないかと思っているんです」。そのためには、農業が稼げる職業でなくてはならない。ビジネスとしての農業、組織としての経営を行う必要性も感じている。ただ、ハサミを置いた経営者になるつもりは彼自身にはない。

農園を歩いていると、一時ぱらぱらと小雨が降った。大地をしめらせるにも足りないささやかな雨を「いい雨が降ってきたよ」と喜ぶ石本さんの背中に、農業を志す若者はきっと何かを感じ取っている。

石本果樹園 石本 慶紀

石本果樹園

代表者:石本 慶紀
所在地:三重県南牟婁郡紀宝町鵜殿堤谷
TEL:0735-32-1403 FAX:0735-32-1403
HP:http://www.isimotokajuen.com/

◎奥熊野ガイドコミニティーkumateng(クマテング)
http://www.kumateng.com/

生産物:果物
果物01 果物02 果物03

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