株式会社かきうち農園 垣内 清明|みえ次世代ファーマーズ miel(ミエル)

株式会社かきうち農園

2013年9月20日登録
垣内 清明

南牟婁郡御浜町は三重県南部に位置し、和歌山県との県境にもほど近い町だ。高速道路を降りて42号線をまっすぐ車を走らせると左手に太平洋、右手に緑鮮やかな山々が見えてくる。山道を少し車で登り、かきうち農園の事務所に到着。木陰ひとつない山の強い日差しを避けるように、作業場の2階にある事務所に向かった。

みかん専業農家では食べていけへん

農場にて

“年中みかんのとれる町”、御浜町。垣内清明さんはここで“かきうち農園”というみかん園を営んでいる。小高い場所に立てば見渡す限りのみかん畑という広大な農地に15種類のみかんを生産している。

以前、垣内さんは京都で一部上場メーカーに勤めるサラリーマンだった。1999年に父親が他界したことをきっかけに、彼は生まれ育った御浜町に妻、子供一人を連れて戻ってきた。当時、実家のみかん農園は兼業で母親がほそぼそと営んでおり、農家の長男とはいえ跡を継ぐことまでは考えていなかったという。しかし、10年間の会社勤めでサラリーマンの良いところも悪いところも知り、今後のサラリーマン人生に漠然と限界を感じていた時期でもあった。地元に戻って、みかんで生計を立てるのも悪くないか。みかんづくりの経験はほとんどなかったが、皆がやっていることが自分にやれないこともないという自信もあった。

「これだけではとても食べていけへん」。自信を持って家業を継いだものの、みかん農業の現状を知り、頭を抱えた。みかんが収穫できる時期は、一年のうちでひと月かふた月ほど。冬場はみかんがとれないので収入がない状態。さらにその年の収穫がうまくいかなければ一年間の収入はゼロだ。「みかんだけでは食べていけないから、冬場は友人や親戚の会社でダムのゴミ掃除とか鉄筋工事のアルバイトをしてましたね」。そんな生活が3年続いた。

全財産と情熱をつぎ込んで

農場にて

農業では食えん。そう言って代々続くみかん畑を手放す農家を多く見てきた。安定した収入を得るには外に収入源を求めるか、みかんの売上を増やすかしかない。専業に見切りをつけて他の仕事を探すこともできたが、垣内さんはみかん農園を捨ててよそには行けなかった。ここで頑張ってなんとかしてみせる。“年中みかんのとれる町”に生きる農業者としての意地だったかもしれない。

垣内さんは、みかんがいつでもとれるように農園の拡充に踏み切った。みかんは種類によって育つ時期が異なるので、品種をいくつも組み合わせれば季節を通して収穫ができる。育てる品種が少なければ失敗が収入に響くが、複数を生産していればひとつの失敗を別のみかんで挽回できるリスク分散の考え方である。垣内さんは、当初3,4種類だったみかんを15種類に増やし、年間の生産計画を立てた。農地も当初の10倍の7ヘクタールにまで広げた。もちろん、費用と労力は莫大にかかった。「サラリーマン時代に貯めた貯金が全部飛んでいきましたもん」。あっけらかんと話す垣内さんだが、自分と家族の人生を賭けた挑戦だからこそ、一度決めた心は揺るがなかった。「農業で飯を食べていくと決めたからには、何としてもやり遂げないとだめだと思ったんです」。

みかん栽培の技術は、母親に教わりながら、いろいろな産地に出向き、いろいろな人に指導してもらった。みかんづくりは肥料散布、消毒、水やりの仕事に追われる日々だ。みかんの苗を植えてから3年でようやく実がちらほら。7~8年経ってやっと本格的な収穫ができるようになる。 

垣内さんは自分達が食べて行くために、みかん以外にもあらゆる手段で農業の可能性を追求していった。最初は高い収益を生みそうな切り花や野菜を作り、無農薬、減農薬での栽培にも挑戦した。しかし、思うようにいかず、理想を追うほど収益は下がり、失敗を繰り返した。

お客さんに喜んでもらえるものをつくる

各種みかん

みかんを年間通じて出荷できたからといって、単純に売上が増えるわけではない。「まず、やらなあかんのは販売ですよ。販売環境をどうやって作るかを一生懸命考えました」。垣内さんはみかんの市場に出荷することを見直し、自ら販売先を探して売ることにした。それなら、価格相場に左右されず、自分でみかんの販売価格を決めることができるからだ。「でも、自分から飛び込み営業に行ったことは一度もないです。ずっと技術系だったから営業の仕方もわからないし営業トークもできないし。口コミや人から紹介してもらうかたちで販路を作っていきました」。

現在の主な販売ルートは直販によるカタログ販売、百貨店、そしてテレビ・ラジオによる通信販売だ。また企業には福利厚生の一環として社内販売制度を設けているところが多く、そこでもカタログ販売を行っている。テレビ・ラジオショッピングでも、かきうち農園のみかんは人気だ。春に販売した“みかん4種詰め合わせ”は7キロ5,000円という高価格ながら2,000箱を売り上げた。そのほか、垣内さんはレストラン、ホテルなどにもみかんやジュースを出荷している。八百屋やスーパーマーケットといった既存のルートだけでなく、さまざまな販路を開拓して客との接点を増やすことが重要なのだと垣内さんは語る。「いろんな会社が良いものや売れる商品を探しているんですよ。だから、こっちに商品力さえあれば声をかけてくれるし、良い商品であれば時間がかかったとしても口コミや紹介で広がっていく。だから、私がこだわっているのは品質とお客さんに喜んでもらえるものをつくることです」。

お客さんに喜んでもらえるものとは、おいしさも然ることながら細やかな気配りのサービスも重要です。まずはお客さんの好みに合わせたみかんを提供することです。甘めが好きな人、酸味を求める人、皮の剥きやすいものを欲しがる人、それぞれのニーズに合う種類のみかんを薦めている。さらに、ミカンの段ボールの取っ手の穴をなくし、配送時に指でミカンが傷つかないようにするなどの工夫や、メッセージカードを入れたりもしながら顧客満足度の向上に努めています。

ほんまもんのみかんを届けたい

アンケート

垣内さんが、かきうち農園を法人化したのは2010年東日本大震災の前日3月10日である。御浜町に戻ってきて10年目のことだ。現在、従業員はパートを含め9人。垣内さんも毎日現場に出て汗を流している。「自分がいなくてもできるような体制がまだできていないというのもあるけど、販売のほういろいろとできあがってきたし、これからは再度生産に軸足を置きたいと思っています。僕も畑で作業しているほうが好きなんで」。

「ほんまもんのみかんって何やと思う?」。ふいに垣内さんが問いかける。「僕は、畑でもいで食べる完熟したみかんやと思うんさ」。一般的に甘いみかんがおいしいとされ、酸味のあるものは敬遠されがちだが、そうではないときっぱり言う。「スーパーに並んでいるみかんは収穫してからけっこう日が経っているから、もう酸味が抜けて甘ったるいだけ。もぎたてのみかんはけっこう酸味もあるんですよ。甘さと酸味のバランスがしっかり取れたみかんが一番おいしいみかんだと思います」。

かきうち農園には、みかんを購入した客からハガキで多くの声が寄せられる。ときにはクレームをもらうこともあるが、ほとんどがみかんの味に対する喜びと感謝の内容だ。90代の客から“こんなおいしいみかん、生まれて初めて食べました”というハガキをもらったこともある。「お客さんに喜んでもらったときが一番うれしいし、この仕事にやりがいを感じる」と垣内さんは言う。「サラリーマン時代のほうが給料は良かったけど、直接お客さんから“ありがとう”と言われることはなかった。当時の先輩にも“(今は)お前、感謝されてるやん”と言われました。今、儲からなくてもやっていけるのは、お金には代えられない喜びとやりがいがあるからですね」。

しかし一方で、本当のみかんのおいしさを知らない人が多いことに驚きも感じている。「以前、みかんを4トントラックに積んで売りに行ったら2日で全部売れたんです。直接お客さんに良いものを知ってもらえるやり方をすれば、みかんはまだまだ売れる」。もぎたてに近い味、本物のおいしいみかんをもっと広く届けたい。それが垣内さんの思いだ。

皆で楽しく暮らせるような町に

町並み

しかし、かきうち農園のように専業で農業を行っているところは御浜町でもさほど多くない。ほとんどが家族の誰かが勤めに出ている兼業スタイルのみかん農家だ。

「皆が“専業では食べていけない、儲からない”と言っているのはわかる。“頑張ってもそれでも駄目なんだ”というのもよくわかります。だから、なんとかそこから脱却するために僕がひとつのモデルケースになって、農業をもっと儲かる仕事にしたいんです。昔のように農家が自信と誇りを取り戻さないといけないと思うんですよ」。

「この地域をどうにかしたい」と、彼は言葉に力を込める。垣内さんには3人の子どもがおり、日々仕事と子育てに奔走している。仕事がないと嘆く人々は他の土地に仕事の口を求めて出ていく。そうして地域の人口が減り、子どもの数も減っていくばかり。子どもがいなければ学校は成り立たずに教育が低下していき、少子高齢化が進行すれば医療レベルも下がり、ますます人は土地を離れるという悪循環に陥る。

「本当の幸せって何かと考えるとお金をたくさん持っていることじゃなく、家族、子供、孫、兄弟がこの地域で仲良く楽しく暮らしていけることだと思うんです」。外に出ていかずとも、皆で暮らせる町にする。そのためには、この地域の農業を再生させることが一番だと垣内さんは話す。 “農業でもやっていける”、“農業は面白い”、“農業はかっこいい”と若者が思えるような職業や産業にしないとダメ。そうすれば雇用も創出できて人も残るし、よそから人が入って来ると思います」。

失敗を恐れず、一歩踏み出す

垣内 清明

サラリーマンからみかん農家に転身して以来ずっと、垣内さんは前だけを向いて走り続けてきた。趣味だった野球やテニスをやる暇もなく働き、今では仕事が趣味みたいなものだと笑う。「苦しいときがあったから、今こうしてやれているんだと思います。そして、いろいろな人に助けられてここまできました。これからも、人とのご縁を大事にしていきたいと思います」。

最近では、微生物を土に混ぜて作物を育てる“BM農法”を取り入れたみかんのテスト栽培も行っている。この農法で作った作物は糖度や栄養価が高くなると言われており、BM農法でのみかんの栽培は珍しいという。

また今後はもうひとつの事業の柱として、野菜の通信販売を考えている。「みかんにこだわらず、次の展開も考えながら動いていかないとだめかなと。とりあえず一歩踏み出してしまうのが先ですね。まあ、いろんなことをやっていったらええかなと思います」。失敗を恐れずまず一歩踏み出す。垣内さんのその一歩が、あとに続く若者達の道標となっていく。

株式会社かきうち農園 垣内 清明

株式会社かきうち農園

代表者:垣内 清明
所在地:三重県南牟婁郡御浜町大字阿田和4678
TEL:05979-3-0143 FAX:05979-3-0144
HP:http://www.zb.ztv.ne.jp/kakiuchinouen/

生産物:柑橘類(年間10種類以上栽培)【加工品】みかんジュース・マーマレード
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