伊賀ベジタブルファーム 村山 邦彦|みえ次世代ファーマーズ miel(ミエル)

伊賀ベジタブルファーム

2013年9月17日登録
村山 邦彦

国道より一本伸びた農道を入っていくと田園風景の中にあらわれる小さなカフェ。その日、ある女性の誕生日パーティが開かれていた。赤いツナギを履いたちょっと恥ずかしそうに笑う彼女と、日に焼けた屈託のない笑顔が印象的な人達。彼らは三重県伊賀市にある「伊賀ベジタブルファーム」という農園で働く仲間達だ。

有機農業を通じて

タコライス誕生パーティー

木のテーブルに広げられた料理の数々は、どれも有機野菜をたっぷり使ったおいしくて体に優しいものばかり。ランチプレートのタコライスに添えられたミニトマトは、彼ら伊賀ベジタブルファームの畑で採れたものだ。ミニトマトを口に入れると皮がぷちっとはじけていちごのような甘みが広がる。皆が食事を終える頃、奥のキッチンからケーキが運ばれてきた。季節のフルーツをふんだんに使ったバースデーケーキ。彼女がキャンドルの火をふうっと吹き消すと周りからパチパチと拍手が起こった。
 伊賀ベジタブルファーム株式会社は、伊賀市で野菜の有機栽培に取り組む会社だ。代表の村山邦彦さんを含め、従業員は現在7名。トマト、ほうれん草、小松菜など十数種の野菜を化成肥料や化学合成農薬、遺伝子組換技術を用いずに栽培している。有機栽培と聞くと体に良く環境にも優しく、良いことずくめのように思えるが、実際の農場での労働は過酷だ。農業の大変さを知るはずの農業経験者でさえ音を上げるような、手間と労力のかかる現場に飛び込むには、皆それなりの思いがあったはずだ。
 今回誕生日を迎えた大塚恵理子さんは、伊賀ベジタブルファームに就職して2年半になる。農業の道を選んだのは、自身が食を大事にする家庭で育ったことと中学の家庭科の授業で農薬の影響について知り、食に興味を持ったことがきっかけだった。東京育ちの大塚さんは有機農業を学ぶため、伊賀市にある全寮制の農業高校である愛農学園高校への進学を決めた。その後、東京の農業大学へと進み、有機関係の流通会社に就職する。そこでいろいろな人と接するにつれ、野菜がどうやって作られるかを知らない子ども達や、鶏肉を生産するために鶏を殺す現実から目をそらそうとする人が多いことにショックを受け、食育の大切さをあらためて気付かされる。「やっぱり食育の道に進もう」。会社を辞め、伊賀に戻ってきた彼女は、愛農高校時代の知り合いから村山さんの伊賀ベジタブルファームを紹介され、有機農業を通じて命の原点と向き合いながら食を見つめ直すことにした。

今いる、そこから逃げない

農場にて

自分の描いた夢に向かって着実に歩みを進めてきたように思える大塚さんだが、じつは心の奥にずっと葛藤を抱えていた。
 「私はこれまで悪いことはモノとか状況のせいにして生きてきた部分があるんです。私は身体が弱かったからだとか、悪いのは学校のせい、会社のせいだと思っていたこともありました」。話をまとめ、しっかり自分の言葉で語ろうとする大塚さんの姿からは想像ができないが、その気持ちがこの2年半で大きく変わったという。「農業って自分のボロを絶対隠し通せないんですよ。天気にやられてしまったり、ちょっとのミスが関係して生産がまったくできないことがあるし、自分が頑張ってもどうしようもできない部分がある。これまでみたいに自分の上に仮面をかぶっては働けないんです。」
 絶対に自分のボロが出てしまう農業。大塚さんは、そのボロを“面倒クサイもの”と表現する。その転げ出た面倒クサイものをひとつひとつ拾い上げて、徹底的に向き合ってくれたのが村山さんだった。「人生を明るくするのも暗くするのも自分次第」。それが彼女がここに来て出した答えである。
 一方、入社半年の濵野真理子さんは、自分の人生をしっかり生きるためにもがいている最中だ。
 浜野さんは就職のことで悩み、自分の足でしっかり立って生きていくためにはどうしたらいいかと考えていたとき、知り合いから伊賀ベジタブルファームを紹介された。「村山さんが“一人でもちゃんと生きて行ける確かな力をつけることが大事だ”という話をしてくれたことに感動して、その言葉が凄く心に残っていたので、伊賀ベジタブルファームに就職しました。私はけっこう甘えた性格なので、ここに来て今苦しんでいますけど(笑)。でも、そこをちゃんとやらないと私は成長できないんじゃないかと思っています」。
 「傷口に塩を塗り込む、僕はそういう仕事をしてるんですよ。良くも悪くも」。二人の話を聞いていた村山さんが笑って口をはさむ。
 村山さんの印象をいろいろな人に聞くと「厳しい人」「妥協しない人」といった答えが返ってきた。村山さんはどうやってここまでたどり着いたのだろう。

元エンジニアが見つけた、自立への解

農場にて

大学を卒業してから東京の産業機械メーカーでエンジニアとして働いていた村山さんは、そこで現代社会の様々な矛盾を目の当たりにし、自分自身の生き方を見つめ直したいと考えて会社を退職。その後、バックパッカーで海外をまわったり高校で理科の教員をしながら生き方を模索するうち、“自分の足で自立して生きる”という答えにたどり着いた。
 そして、村山さんは今まで経験のない農業の道に進むことを決めた。生き物のもっともシンプルな営みである“食べること”に直結した農業は、自立の答えを追い求めていた彼の心にすっとなじんだ。それから、いろいろな農家に見学や研修に行きながら農業に関する基礎を学んだ後、最終的に伊賀市での就農を決めた。「たまたま伊賀にある愛農会さんの農業講座を受けたら、面白い人というかへんてこりんな人がいっぱいいたんですよ」。
とはいえ、農業の世界は厳しく、うまくいかないことの連続だった。ときには真剣に農業を辞めようとも思ったという。あるとき、トマトの有機栽培を行うある農業者の畑を見せてもらうと、畑が整然としていてとてもきれいなことに驚いた。有機農業の畑は、あまり手を加えず自然のままにされていることが多いからだ。「その人は有機トマトの名人と言われていた人でした。当時、研修生は取っていなかったんですが、勉強させてくださいと頼みこんだら快く受けてくれて、そこで1年ちょっと勉強させてもらいました」。
 こうして良い師匠に巡り合えたこともあり、2年半の各地での研修を経て2007年に独立を果たす。2012年に現在の「伊賀ベジタブルファーム株式会社」を設立し、伊賀市内に事務所を構えた。

有機農業をもっと科学的に

照明計測器

村山さんの有機農業に対するスタンスは、いかにも元エンジニアらしい計画的で科学的なものだ。野菜の品質保持と安定した生産のため、土壌や作物体に関する数値計測・分析を行ってデータを蓄積し、そこから合理的な栽培方法を産み出していく。また、原価計算に基づいた価格設定の考え方を取り入れたりと、他産業の経営手法を農業の世界に積極的に導入している。
 現場では、植物生理・土壌肥料学などの科学的知見をもとに、自家製ボカシ(堆肥)を使い、ミネラルバランスなどを調整する施肥設計を行っている。有機肥料は即効性のある化成肥料と違って、いつどのくらい効くのか見定めが難しいという。農家がこれまで職人的な経験と勘に頼ってきた部分を科学的根拠により裏付けることで、少ないキャリアでも有機栽培による安定した生産が可能になる。
 また、化学合成農薬を用いないため、虫や病気、雑草対策は大きな課題になる。有機栽培では被害を受けてからではなく、未然に防ぐことが大切。そこで、何よりも植物の健康を保つために、「適正な」施肥を心がけている。そして、畑には防虫ネットを張り、こまめに除草し、ダニなどのエサとなる収穫残渣を残さないようにするなどいくつもの手間をかける。虫が嫌がる朝の光の色を再現する黄色蛍光灯を畑に設置したりと、新技術の導入にも力を入れている。

垣根を越えて、つながる

メニューグリーンスムージー

伊賀地域は有機農業のメッカで、伊賀市・名張市周辺での有機農業の取り組みには 40 年以上の歴史があり、⽣産者の数も40軒を超える。
 誕生日パーティーの会場となった“café sanaburi(カフェ・サナブリ)”では、地元の農家が作る有機野菜や添加物を使わずに作られた安心食材を中心に作るナチュラルフードとスイーツを提供していて、伊賀ベジタブルファームの野菜も多く使われている。さっそく、定番メニューの“ほうれん草とえびのドリア”、小松菜が入ったヘルシードリンク“グリーンスムージー”をいただいた。ドリア自体はくどすぎずさっぱりしていて、ほうれん草の味もなんだか濃く感じられる。
グリーンスムージーは、キウイの甘酸っぱさをベースに、後でふんわりと小松菜の風味が残る感じで飲みやすい。(時期により野菜の産地は変動する。)
 「村山さんは疑問を投げかけるだけでなく、常に解は何かを探そうとするストイックな人。だから、何かに迷った時はよく村山さんに相談してしまいます」。そう話すのはカフェのオーナーの西木稔さん。村山さんとは、伊賀有機農業推進協議会の仕事を通して交流を深めたという。伊賀有機農業推進協議会(伊有協)とは、伊賀市・名張市とその周辺地域を活動の場として有機農業者や流通・製造業者、教育関係者、市民活動グループ、行政などが連携・協力する団体で、有機農業技術の研究や普及、農産物の販売促進、新規就農者の育成支援などに取り組んでいる。
 伊賀の有機農業者は“へんこ”が多いんや。彼らは自分達のことをそう評す。“へんこ”とは関西の言葉で“頑固な変わった人”というような意味だ。自然環境を乱さない、資源を無駄遣いしないなど、皆それぞれのこだわりを持ち、信じた道を進んでいる。日本の有機農業は有機農家と消費者とが直接つながり、限定的なコミュニティを築いている場合が多いというが、「村山さんは自分達のいるところだけで世界を閉じずに、いろいろなところとつながりながら自ら切り開いていく人ですね」と西木さんは言う。“へんこ”を大事にしながら柔軟に他との連携を進めていく姿は、今だけでなくその先を見ているように映る。

大切なものを伝えていく使命

農場にて伊賀ベジタブルファームの人々

村山さんは、この伊賀の地でいくつかの使命を感じながら仕事をしている。「これから有機農業も合理化され、システマチックになっていく流れにあると思います。でも、これまでおばあさん達が現場でクワを持って地道にやってきた文化や知恵というのはどうなっていくのか。そこを僕らが引き受けていかなきゃいけないなと感じています」。
 一方で、農業を事業として動かしていかなければならない現実も見据えている。「今の時代に僕らがおばあさん達と同じことをやって、人を雇って食べていけるわけじゃないですよ。だから、ビジネスとしての成功も見つつ、文化を伝える仕組みやネットワークを展開していく必要があると思います」。その仕組みを作るのが自分達の役割のひとつなのだと村山さんは言う。
 「ただ野菜を作るというより、そういったミッションを基礎にして若い人を育てたり、おじいさんやおばあさん達と接して彼らの持っているものを受け止めていきたいんです」。
安心安全で体に良い野菜を作るだけではなく、生き方や思いまで消費者とシェアできたらいい。そんな気持ちで村山さんは日々、農業と向き合っている。

伊賀ベジタブルファーム 村山 邦彦

伊賀ベジタブルファーム

代表者:村山 邦彦
所在地:三重県伊賀市古山界外271-1
TEL:0595-39-0393 FAX:0595-39-0393
HP:http://iga-vegetable.jp/

生産物:有機野菜
有機野菜01 有機野菜02 有機野菜03

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